
呉に初めて行ってきました。恥ずかしながら映画やTVで見る軍港町しかイメージがなく、高層ビルが建ち、車が激しく通っている四つ角に立って、正直びっくりしました。ウィンドウに飾られた洒落た春向きファッションは、都会と少しも遜色がない華やかなものでしたが、何か期待感を裏切られた思いをしたものです。
これは何処の地方都市へ行っても味わう残滓感の様な歯がゆさですが、都会人が期待する地方色的なものというエゴかもしれません。だからこそ、町中で見つけた旧海軍の帽子や徽章を売っている店を見つけると、何かホットした安堵を覚えたのも、都会的なエリート感を知らず知らずの内に身につけていたのでしょう。人として最も汚らしい優越感を心のどこかに抱いているのかもしれません。
ガイドの方にあそこが戦艦大和の建造した工場跡ですと、丘の上から説明を受けた時も、本からの知識や映画で見るシーンしか頭の中にない者にとっては、隣で建造中の巨大タンカーからその姿を想像するしかありませんでした。ただ、ここは鉄鉱製鉄から製鋼→造船と緻密に組み込まれた軍需コンビナートを形成していたのがはっきり認識されました。民族の高揚のため、アジアは一つの大義のため、戦争へ進んでいった悲惨な歴史の証がここに刻まれていることを知っておく必要があります。
埠頭に並んだ幾隻もの戦艦?や潜水艦は、本当にこれだけ要るのかと思うほど並んで居ました。特に異様だったのは、「はりま」「ひびき」と語呂合わせの名を付けられた音響測定艦の双胴船でした。建造費が2000億とも5000億とも云われています。最新電子装置をつけた対潜水艦探索艦ですが、対は当時のソヴィエットの潜水艦探索の為に建造されたが、冷戦融解と共に無用の長物化しています。今後は東シナ海での対中国潜水艦に向けられるかもしれません。どっちにしても何処かに敵を持ち続けなくては役にたたないものです。一寸動かすのにも私達の税金が使われていることだけは確かです。
そこに、ここ数日でソマリアに赴く2席の護衛艦が繋がれていました。航海の安全を図るためと云われていますが、通航する国家のエゴがここにも見えます。平和は持つ国のみに満たされるのではなく、持たざる国にも与えられるものです。武力のシンボルである戦艦が果たして、平和に役立つ鳩になれるのかどうか、はためく日章旗にpeaceとは何かを改めて考えさせられた呉紀行でした。