牧師の独り言

見ていないようで!

 余り顔を合わせない人から、最近アップしてませんね?とmailが来た。 彼は私が牧師をしていることを知らないはずである。また、powerfulで何事にも自信を持って行動しているから、「ぼくは無宗教である」よ豪語しているから、小生の書き込みなんて知らないはずである。なのに連絡してきた。これは、upがないのではなく、小生が生きているかどうかの打診らしい。。牧師らしからぬ、料理と酒に目がなく、不規律な生活を送っている身を案じての事らしい。なんでもいい 書き込みが有れば”奴は生きている”と思うらしい。そういう点では、便利な代物でもある(手紙書かなくても済むので)。 さて、春のおと連れ、ものが美味い季節である。野山、海辺を歩きながらも、景色より食い物に目が行くのは、健康の証と診たい。今日も主に感謝して食を頂くのである。

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酷暑

連日35度を超えると、まるでぬるいお湯に一日遣っている感がする。風呂に1日入っているのだから、疲れて当然。頭がぼんやり体はけだるくて仕方がない。冷えたお茶を飲んでも、コールcoffeeを飲んでも渇きはおさまらない、。夕刻のbeerの一杯でひと息つく感じである。それも束の間、肌からほとばしるように汗が噴き出て来る。昼間の水けも一緒になって
湧いて出て来る。タルで拭き拭きbeerを流し込む姿は、無惨で見れたものではない。冷房かけての賞味ならまだしも、温度を上げよとのお上からのお達しで、一途に忍耐の時を過ごしている。暑さは肌着脱ぎ捨てたところで、忍耐は終わりである。皮一枚剥ぐわけにもいくまい。夜風、冷え風待つのだが、ビルのairコン、商店や家庭のairコンの熱で、自然の風は蒸されて入ってくる。団扇などそこら辺には見当たらないし、ただただ、アルコールが回って、睡魔が押し寄せるのを、汗ふきふき待つばかりである。お上の策、天上のお方の試練は
教も重く小生にのしかかって来ている。  2011年 夏

 したりおつ、汗にも生きる、希望あり

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4月 木の芽ブキ!

april foolで始まる4月!
こんな話が有ったなんて信じられない。。
英国の奇代稀なる詐欺師は、ウエストミンスタ寺院や自由の女神等を売ったって話
信じられますか!この分で行くと富士山だって法隆寺だって彼にかかれば、
売られちゃうかも!きっと話術が得意で人当たりも良かったのかも
彼が神父か牧師なら転会者がわんさか増えただろうに、備わった天分を使うところを間違った。
間違ってよかった。神のみ言葉を伝えるものは、真っ正直で美しい心をもっていなくてはならない。
小生は槍ヶ岳も清水寺も売る才能がなくてよかった。その分教会を発展さす能力にかけるのは
  ”残念”

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縮尺は何分の1

訪問集会
縮尺は何分の1ですか?
 信徒の方が入所されている特別老人介護施設を訪ねました。偶然なのか神の導きなのか、き隣の部屋に嘗ての信徒の方が入室されていた。「賛美歌の声にひかれてドアを叩きました」。と、おっしゃったお顔はとてもうれしそうな笑顔に包まれていた。歌詞を見るまでもなく、歌う讃美歌を暗証されていたのにびっくりしました。「信仰の力ってすごいなあ!」と、ただただ感嘆するばかりでした。今日20日は春分の日。再びお訪ねすると、音楽療法の時間で、エレクトーンに導かれて、鐘が鳴る丘、湖畔の宿、仰げば尊し等懐かしい歌を口ずさんでおられた。「蛍の光」の曲が流れると元教師だと云うご老人は、卒業式を思い出されたのか涙を出されてうつむいておられた。続きにその場をお借りして、聖書を読み讃美歌を歌う集いを持たせた貰った。「今皆さんが生きて居られる姿が、後に続く私達への手本になるものですから、「早くお迎えがこないかなあ!」とか「生きていてもつまらない」ではなく、年とってもこんなに元気で歩んでいるだぞ、若いもん頑張れという姿を見せて下さい。」と話しました。天国や極楽は自分が選ぶのでなく、神様や仏さまが選ばれるのですから、神様の心に叶うように毎日感謝して、支え合って歩みましょうと手を合わせ合いました。年の数は生き様の縮図です。老いの道に差し掛かるときにこれまでの縮尺が表れてくるものです。さて、あなたの縮尺は何分の1になりますか?

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平和って

音響測定艦ひびき 呉に初めて行ってきました。恥ずかしながら映画やTVで見る軍港町しかイメージがなく、高層ビルが建ち、車が激しく通っている四つ角に立って、正直びっくりしました。ウィンドウに飾られた洒落た春向きファッションは、都会と少しも遜色がない華やかなものでしたが、何か期待感を裏切られた思いをしたものです。
 これは何処の地方都市へ行っても味わう残滓感の様な歯がゆさですが、都会人が期待する地方色的なものというエゴかもしれません。だからこそ、町中で見つけた旧海軍の帽子や徽章を売っている店を見つけると、何かホットした安堵を覚えたのも、都会的なエリート感を知らず知らずの内に身につけていたのでしょう。人として最も汚らしい優越感を心のどこかに抱いているのかもしれません。
 ガイドの方にあそこが戦艦大和の建造した工場跡ですと、丘の上から説明を受けた時も、本からの知識や映画で見るシーンしか頭の中にない者にとっては、隣で建造中の巨大タンカーからその姿を想像するしかありませんでした。ただ、ここは鉄鉱製鉄から製鋼→造船と緻密に組み込まれた軍需コンビナートを形成していたのがはっきり認識されました。民族の高揚のため、アジアは一つの大義のため、戦争へ進んでいった悲惨な歴史の証がここに刻まれていることを知っておく必要があります。
 埠頭に並んだ幾隻もの戦艦?や潜水艦は、本当にこれだけ要るのかと思うほど並んで居ました。特に異様だったのは、「はりま」「ひびき」と語呂合わせの名を付けられた音響測定艦の双胴船でした。建造費が2000億とも5000億とも云われています。最新電子装置をつけた対潜水艦探索艦ですが、対は当時のソヴィエットの潜水艦探索の為に建造されたが、冷戦融解と共に無用の長物化しています。今後は東シナ海での対中国潜水艦に向けられるかもしれません。どっちにしても何処かに敵を持ち続けなくては役にたたないものです。一寸動かすのにも私達の税金が使われていることだけは確かです。
 そこに、ここ数日でソマリアに赴く2席の護衛艦が繋がれていました。航海の安全を図るためと云われていますが、通航する国家のエゴがここにも見えます。平和は持つ国のみに満たされるのではなく、持たざる国にも与えられるものです。武力のシンボルである戦艦が果たして、平和に役立つ鳩になれるのかどうか、はためく日章旗にpeaceとは何かを改めて考えさせられた呉紀行でした。


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